かつて大きな話題となったキャンディキャンディ事件が、改めて話題となっています。
わたしも10年以上前に「キャンディ・キャンディ事件とマンガ原作者の権利」というのを書いたのですが、ひさしぶりにこの事件についてふりかえってみたいと思います。
キャンディ・キャンディ事件というのは、マンガ『キャンディ・キャンディ』に関して、原作者の水木杏子(名木田恵子)氏とマンガ家のいがらしゆみこ(五十嵐優美子)氏が対立し、裁判で争った事件です。
「マンガ原作」とは世間一般でいう「原作」ではなく、映画における脚本に近いものです。ただし、脚本形式で書かれるとは限らず、『キャンディ・キャンディ』の原作の場合は小説形式だったそうです。
件の弁護士は当然、同意請求の権利を熟知していたはずなのですが、おそらく変な山っ気をだして、巷間知れることとなる最悪手の全権利主張としたのでしょう。いがらしゆみこの名で起こした訴訟は、そのカラクリが例えどのようなものであろうとも、いがらし先生に結果責任をもたらしました。
— 岡崎つぐお (@majam_fire_blue) 2015, 10月 12
この「最悪手」は具体的にはどのようなものだったのか?
いがらし氏はこの件について次のように述べていました(アーカイブ)。
「一審の弁護士は、キャンディの作品の権利は全ていがらしにあるという方針で裁判にのぞみました。この方針は水木氏の権利を全て否定するもので、私の本意ではありませんでした。しかし、「絵の権利を80得たいならば、100の要求をするのが裁判のテクニックだ」と説明され、裁判のことなどよくわからない私はやむなくその方針に従うしかありませんでした。この裁判上の方針が、新聞各紙等をはじめとする世間で「いがらしが権利を独り占めしようとしている」と誤解される原因になってしまったのです。」
この文章から、「単独で創作した著作物」という地裁での主張は、意図的に事実と違うことを述べていたということがわかります。
井沢満氏は、高裁に提出した陳述書で次のように述べています。
「また係争が始まった時に五十嵐氏から聞いた言葉によると、「弁護士が、ラットちゃん(名木田氏のこと)を原作者ではないという観点から闘うという形にするようで、これはさすがに私も、え~?と思ったけど」といった内容でした。」
『キャンディ・キャンディ』裁判における井沢満(『ジョージィ!』原作者)の陳述書
地裁判決文の「被告らの主張」では、次のように書かれています。
「以下のような事情によれば、本件連載漫画は、被告五十嵐が単独で創作した著作物であって、原告と被告五十嵐との共同著作物であるとはいえない。」
「また、以下のような事情によれば、原告作成の原稿は、被告五十嵐が本件連載漫画を作成するに当たって、これから着想、アイデア、ヒントを得ただけの参考資料にすぎず、これを翻案して本件連載漫画が作成されたものではないから、本件連載漫画は、原告作成の原稿の二次的著作物とはいえない。」
そして何よりも、キャンディは漫画家が作品の原案プロットを作り、そのキャラクターデザインをしたという事実が、時系列で原作肩書きの方の作品参加以前である事を裁判長は認めながら、それは作品の原案、原作には当たらないとの判断された事が全ての漫画家にとって悪夢のような大問題なのです。
— 岡崎つぐお (@majam_fire_blue) 2015, 10月 13
判決文をざっと読み返したのですが、「漫画家が作品の原案プロットを作」ったのが「時系列で原作肩書きの方の作品参加以前である事を裁判長は認め」たという内容は見つかりませんでした。見落としたのかもしれませんし、判決文以外で述べられているのかもしれませんが。
担当編集者の清水満郎氏は、東京地裁に陳述書を提出しています。
『封印作品の闇』での安東健二氏の要約によれば、次のような内容です。
「基本的なコンセプトと設定は、漫画家のいがらしさん、原作者の水木さん、担当編集者である清水の三人で話し合って決めていった。」
「いがらしさんが希望や意見を出し、原作にそれが反映されることもあったが、ストーリーを作ったのは誰かといえば、やはり原作者だ。 具体的なストーリーの展開は原作者の水木さんが作成し、その漫画化をいがらしさんが行ったと記憶している。」
※『封印作品の闇』(2007年 だいわ文庫)は『封印作品の謎2』(2006年 太田出版)の文庫版。2015年現在、文庫の方は新品では手に入らないようです。
キャンディ・キャンディに関する部分はそれほど変わらないと思いますが、オバQに関する部分は文庫で新章が加えられています。
さて、昨日のツイートの最大の問題点だけ書いておきましょう。 件の裁判の結果は、原案原作の権利を原作肩書きの方と認め、いがらし先生はキャンディの漫画作品以降の共同原作者と認められました。 この結果キャンディ関連の絵は商業的には原作肩書きの方の許諾がない限り一切描けなくなったのです。
— 岡崎つぐお (@majam_fire_blue) 2015, 10月 13
「この結果キャンディ関連の絵は商業的には原作肩書きの方の許諾がない限り一切描けなくなったのです。」とあるので、裁判によって権利関係が根本的に変化したように思えますが、講談社の見解は違っているようです。
版権事業推進部長の新藤征夫氏が提出した陳述書は、『封印作品の闇』の要約によれば次のようなものであり、以前から原作者の許諾が必要だったという内容になっています。
「「漫画の原作」は、漫画の著作物とは別個の独立した著作物であり、原作者は独立した原著作者だ。したがって、その原作をもとに執筆された漫画作品には、つねに原作者の原著作権が及んでいる。」
「このような「原作付き漫画」の二次利用(映画・テレビ・演劇など)の版権業務を行う際は、原作者と漫画家それぞれに事前許諾を得て、両者のクレジットも必ず表示するように義務づけている。商品化の際も同じだ。連載以降に新しく描き下ろした登場人物の絵も、漫画の複製物なので、原作者の権利が及ぶものと考えて同じ扱いをしている。」
「一九七五年から契約解除となる九五年までの二〇年間、講談社が著作権の管理をしていた。その間、前述した「原作付き漫画」とまったく同じ版権処理をしていた。」
講談社との契約解除後には、水木氏といがらし氏の間で契約が結ばれています。高裁判決文によれば次のような内容で、この契約でも水木氏の同意が必要なことになっています。
「平成七年一一月一五日には、原告と被告五十嵐との間で、本件連載漫画の二次的利用に関して、双方の同意を要すること、使用料を一定の割合に応じて配分することなどを内容とする契約が締結された。」
という口説き文句で裁判沙汰にする提案があったのです。もちろん事の起こりは原作肩書きの方のプリクラ差し止め請求裁判でした。これは、あまりにキャンディのプレゼン企画をダメにする原作肩書きの方に、イベント限定の試作品を作ってその効果を持って正式許諾を得ようとした某会社の企画でした。
— 岡崎つぐお (@majam_fire_blue) 2015, 10月 12
このツイートは、水木氏に話を通さず試作品を作るという判断に、いがらし氏が関わったのかどうか、わかりにくい文章になっています。
いがらし氏のサイトには次のように書かれていたので(アーカイブ)、水木氏に話を通さなかったのには、いがらし氏の判断があったようです。
「その直後に訪れたプリクラの話を、テストケースとして私は承 諾しました。あくまでテストケースですから、ギャラも発生しません。しかし、水 木さんに話をして今までのように断られたら、と危惧した私はテストケースが成 功した時の方が水木さんに話しやすいと考えましたし、業者さんもテストが成 功したら水木さんに許可を求めようと考えていました。」
『キャンディ・キャンディ』関連裁判一覧
東京地裁 日本ユニ著作権センター/判例全文・1999/02/25a
東京高裁 日本ユニ著作権センター/判例全文・2000/03/30
最高裁 日本ユニ著作権センター/判例全文・2001/10/25