唐沢俊一氏の盗用事件 10年目のまとめ


先々月の10月に、2007年に起こった唐沢俊一氏の盗用事件が、ひさしぶりに話題になりました。
きっかけは、別件で唐沢氏と論争していた町山智浩氏が盗用事件に触れたことに対し、唐沢氏が連続ツイートで答えたことです。

唐沢氏のツイートは以下のものです。
https://twitter.com/cxp02120/status/923471555929128960から始まる22ツイート
https://twitter.com/cxp02120/status/923541859447717888から始まる11ツイート
https://twitter.com/cxp02120/status/923813351716564992から始まる8ツイート

ツリー表示されないツイートには次のものがあります。
https://twitter.com/cxp02120/status/923556075789418496
https://twitter.com/cxp02120/status/923559705519144960
https://twitter.com/cxp02120/status/923817143770030081
https://twitter.com/cxp02120/status/924190710839963649

今回のツイートでは、説明が以前より詳しくなっている部分もあったので、この機会にまとめておきます。

■どのような事件か?

唐沢氏の著書『新・UFO入門』に、ブログ『漫棚通信』の内容と類似した部分があり問題になりました。
『漫棚通信』にはこの事件に関する記事が多数ありますが、重要なのは以下の三記事です。

これは盗作とちゃうんかいっ: 漫棚通信ブログ版
これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇: 漫棚通信ブログ版
これは盗作とちゃうんかいっ・喧嘩上等篇: 漫棚通信ブログ版


■どの程度似ているのか?


上記リンク先の『漫棚通信』記事でも比較されていますが、下記リンク先の、ばるぼら氏によるページが、『漫棚通信』と『新・UFO入門』の文章を左右に配置し類似部分に色が付けてあるので見やすいと思います。
なお、比較されているのは、『新・UFO入門』の134ページ11行から136ページ8行まで(山川惣治氏のUFO体験談紹介)、136ページ15行から139ページ5行まで(『太陽の子サンナイン』紹介)と、『漫棚通信』の該当部分です。

ネット上の文章と酷似する『新・UFO入門 日本人は、なぜUFOを見なくなったのか』(唐沢俊一著)を巡って


■唐沢氏の当時の説明


5月30日のサイトの説明では、「当サイトの 紹介を大いに参考にさせていただいたことは事実ですし」と、参考にしたことは認めています。
ただし、それに続く「ある作品のストーリィを紹介するという性格上、参考にさせて いただいたサイトとの記述の非常な類似のあることも事実です」という部分は、同じストーリーを紹介するのだから当然似てしまうという理由で、コピー&ペーストは否定しているようにも受け取れます。

また、6月4日の日記にも、「ストーリィ紹介の部分なので、つい文章に、コピーと取られる類似性を持っていた。」と、コピーであることを否定するニュアンスの記述があります。

それに対し、8月1日の経緯説明では、「参考として手元にコピーし、メモしておいた漫棚通信氏のサイトの文章を、原稿執筆時、当方のケアレスで、ほぼそのままの形のものをペーストしてしまい」としています。

唐沢俊一ホームページ :: ニュース :: 新刊 :: 5月30日投稿
唐沢俊一ホームページ :: 日記 :: 2007年 :: 06月 :: 04日(月曜日)
唐沢俊一ホームページ :: ニュース :: 新刊 :: 8月1日投稿
唐沢俊一ホームページ :: ニュース :: イベント :: 8月3日投稿


■今回のツイート:「引用で処理」


当初は引用の予定ではないので、参考にする文章に「チェックのつもりで赤入れして」改変。
(若干改変した文章は、あとで完全に自分の文章に書き換える予定だったという意味でしょうか?)
 ↓
時間が足りなくなり、「引用で処理」することに方針転換。
引用ならば原文通りでなければならないが、「チェック訂正した部分の復元がなされないままにな」り、さらに「引用元明記失念」。

唐沢氏の説明に補足してまとめると、上記のような流れでしょうか。

引用としてまったく成り立っていないのは、原文を改変し、カギカッコでくくらず、出所明示が無いという、三つもの問題が重なっているからです。
ツイートの説明を信用し、唐沢氏に盗用の意図は無かったと見るにしても、うっかり出所明示を忘れてしまったというレベルの単純ミスではありません。
本人の意図はともかく、外部からは引用のつもりであると判断できる手がかりが何一つありません。その上に、原文改変も行われています。出所明示が無くても、せめてカギカッコだけでもあればよかったのですが。

上の一連のツイートように「大きな失敗」であることが書かれている説明に対し、下のツイートのような説明だと少し軽いような気がします。
また、『社会派くんがゆく! 復活編』(2007年)の「これを認めると、今後、単純な引用ミスをおかしただけの同業者が、これを前例とした相手に過大な謝罪を要求されるという事態を招きかねない。」(コピーをとっていたつもりだったんですが、見つからないので、『漫棚通信』の「喧嘩上等篇」より孫引き)というのは、かなり問題のある表現だと思います。


上で紹介した一連のツイートでは、自分でまとめるには時間が足りなくなったので「引用で処理」したという説明ですが、次のツイートには、「数ページのあらすじ紹介なら盗用するより自分でまとめた方が早く、盗用する理由がない」とあります。


■今回のツイート:「結果的に盗用になった」


唐沢氏が「結果的に盗用」と表現するのは始めて見ました。
「コピーと取られる類似性」「無断引用」「引用ミス」などではなく、当初から「結果的に盗用」と言っていれば、かなり印象は違っていたと思います。

■今回のツイート:漫棚通信氏との関係


このツイートには、「もとから先方とは感情的にいい関係ではありませんでしたから」とありますが、当時の文章には、「以前より漫棚通信氏のサイトのファンであった唐沢」とあります。
唐沢俊一ホームページ :: ニュース :: 新刊 :: 8月1日投稿


■唐沢氏と幻冬舎


唐沢氏が十分な謝罪ができなかったのは(唐沢氏としては十分謝罪しているという意識かもしれませんが)、唐沢氏だけの問題ではないようです。
今回のツイートを読んで唐沢氏に少し同情したのは、版元の幻冬舎が取った方針が(唐沢氏のツイートなどから間接的にわかるだけですが)、唐沢氏にとって得にならなかったのではないかと思える点です。

幻冬舎が唐沢氏のことを考えなかったと言いたいわけではありません。謝罪を抑え気味にするという姿勢は、裁判や金銭的解決に備えた法律面では妥当なのかもしれません。ケースや相手が違えば有効な場合も多いでしょう。

このケースは、金銭的にはそれほど大きな問題にはならないと思います。しかし、物書きのモラルの問題としては大きなものです。
謝罪を抑え気味にするという姿勢は、結局、唐沢氏の評判をかなり下げてしまいました。早い内に「結果的に盗用」を明確に認めて全面的に謝るというのが、唐沢氏にとっては正解だったんじゃないでしょうか。

【追記あり】『日本アニメーション映画クラシックス』の64作品中、15作品が年内で公開中止とのこと


【追記】3月12日に、調整中だった15作品が見れるようになっていました。



    *    *    *


日本アニメーション映画クラシックス
「日本アニメーション映画クラシックス」公開継続のお知らせ | 東京国立近代美術館

「2017年末までを目途に試験的に公開」されていた『日本アニメーション映画クラシックス』が公開継続されることになったのは、喜ばしいニュースです。ただし、残念ながら、64作品中「15作品については調整中のためご利用できなくなります」とのこと。

公開中止になるのは、山本早苗(9本)政岡憲三(2本)瀬尾光世(4本)の作品です。

山本早苗|作家紹介|日本アニメーション映画クラシックス
山本善次郎 - Wikipedia

政岡憲三|作家紹介|日本アニメーション映画クラシックス
政岡憲三 - Wikipedia

瀬尾光世|作家紹介|日本アニメーション映画クラシックス
瀬尾光世 - Wikipedia

15作品を全部を見るのは大変だという人は、とりあえず次の3作品を見るとよいかと思います。

難船ス物語第壱篇 猿ヶ嶋 1930年 原作 脚色:清水秀雄 漫画製作:政岡憲三

久しぶりに見たんですが、改めて見返すと、意外と暗い話です。
以下、ストーリーに言及するため文字色を白にします。
猿たちに育てられた少年が、尻尾がないことでからかわれ、暴力的な反撃をします。
セリフ字幕が少なく、動きで表現される部分が多いので、双方がどの程度悪質なのかはっきりわからない部分もあるんですが、主人公の椰子の実攻撃は相手が死にかねないレベルだし無差別攻撃だし、ちょっとひどいんじゃないかなあ。
でも、確かに猿のからかいはひどい。椰子の木から落ちた主人公の歩き方をマネする部分はかなり陰湿。
しかし、さらに遡ると、主人公のせいで猿の頭にコブができたのにヘラヘラしてるしなあ。

あひる陸戰隊 1940年 作画:瀬尾光世

以前見たときの印象は尻。久しぶりに見た今回の印象も尻。
冒頭、古いアニメにはよくある横スクロール演出から、ワンカットでカメラがグッと動き、ぷりっぷりのお尻をアオリでとらえます。
あと、歩き埃が部屋の中でも描かれているのが意外。でも、漫符と考えると不自然でもないのかな。

なまけぎつね 1941年 作画:山本早苗

和風の炎描写や変身空中戦など作画に力が入ってます。アリとキリギリス的な話なんですが、とにかく狐がクズ。怠け者などというレベルではありません。

「ヨシダアキラ」事件に関するメモ


取り上げるのはこの件です。

日本人を装っていたマーベル・コミックの新編集長が物議、本人が声明を発表 - Marvel Comics
日本人になりすましていたマーベルの新編集長 アメコミ界で賛否両論

日本語の情報が少ないので、英語ページを色々と読んでみました。
「文化の盗用」(cultural appropriation)に関してはよくわからないので、それ以外の点について簡単に情報と感想をメモしておきます。

英語記事で重要なのは、『Bleeding Cool』の記事と、『CBR』の2005年のインタビュー記事です。
New Marvel Comics EIC C.B. Cebulski Admits He Wrote As “Akira Yoshida” 13 Years Ago
Akira Yoshida: A Bullet For Marvel's Young Guns | CBR

わたしは、「文化の盗用」についてはよくわかりませんし、マンガ家などがフィクションの経歴を掲げるのもそれほど問題だとは思いません(ノンフィクション作品などで、当事者性が不可欠な場合は別ですが)。それでも、この件に関しては、いくつか気になる点があります。それは、多くの人がすでに指摘していることですが、次の三点です。

1. フィクションの経歴に他人を巻き込んでいるのではないか?
2. 仕事を得るのにフィクションの経歴を利用したのではないか?
3. マーベル社の規則に違反しているのではないか?


1. フィクションの経歴に他人を巻き込んでいるのではないか?

「ヨシダアキラ」のインタビュー記事では、水野良氏や麻宮騎亜氏と知り合いであることが述べられています。知り合いでない人物を勝手に知り合いだとしてしまったのなら問題があります。しかし、この部分がフィクションなのかどうかはっきりしません。
セブルスキー氏は、麻宮騎亜氏の作品や水野良氏原作作品の翻訳出版に関わっており、まったく縁が無いわけではありません。語られた経歴は基本フィクションなのですが、若干事実が混じっている可能性もあります。
Nadesico. Kia Asamiya, writer and artist. ; [translation by C. B. Cebulski & Noriko Furuhata] - Details - Trove
Record of Lodoss War: The Grey Witch (manga) - Anime News Network


2. 仕事を得るのにフィクションの経歴を利用したのではないか?

『Bleeding Cool』の記事には、マーベル社の重役から聞いた話として次のようなことが書かれており、ヨシダアキラは、単にストーリーが面白いということではなく、外国人だからこそ評価されていたらしいことがわかります。

This was surprising — Marvel executives I talked to at the time told me that Yoshida was a rarity. He was someone from non-English speaking country who could write well for an American audience — something Marvel had struggled with in the past when seeking authentic voices.


外国人だからこそ評価されたことをアファーマティブ・アクションと見る意見もありますが、マーベル社がヨシダアキラに求めていたのは、日本という異文化の「authentic voice」を作品作りに活かせる専門家ということではないでしょうか。それに、アファーマティブ・アクションであれば、外国人である日本人より日系アメリカ人を採用しそうですし。

日本人だからこそ評価される仕事を日本人を装って得たのだとすれば問題があります。
ただし、『CBR』のインタビュー記事は、すでにライターとして活躍している時期のものです。仕事を始める時点で日本人であることをアピールしたり出版社側の確認に嘘をついたりといったことがあったのかどうかはわかりませんでした。
仮に、ヨシダアキラというペンネームと作品の内容だけで本物の日本人だと判断したのだとしたら、判断した出版社のほうに問題があるような気もしますが、これは判断が分かれる点かもしれません。

セブルスキー氏の日本に関する知識に関して次の記事は、「日本は主要な五つの島から成り立っている(Japan is made up of five main islands)」といった「日本人のライターならしないような多くの間違い(a number of mistakes no Japanese writer would make)」について指摘しています。
Marvel Editor-in-Chief Admits He Used Japanese Pseudonym to Circumvent Company Policy | Hollywood Reporter

また、以前話題になった、店に入るウルヴァリンが「IRASHAIMASE」と言ってしまう作品が、セブルスキー氏の作品だったようです。もっとも、日本人ではないウルヴァリンが勘違いをしていると考えれば、必ずしも不自然ではありませんが。

ヨシダアキラ事件の記事で紹介されていた、当事者性が大きな問題となった架空の被爆者詩人アラキ・ヤスサダについて、関連ページをリンクしておきます。
アラキ・ヤスサダ - Wikipedia
創られた被爆者詩人アラキ・ヤスサダ 詩に真実は必要か
創られた被爆者詩人アラキ・ヤスサダをめぐる詩という言説(『日本近代文学』第70集


3. マーベル社の規則に違反しているのではないか?

マーベル社では、1980年代から編集者が自分の担当作品で作家になるのを禁じていました。担当外作品では禁じられていなかったので、編集者同士で仕事を回しあうことが行われ問題視されていました。編集者同士で仕事を回しあうことは、能力のある人に仕事が行かなくなるというクオリティーコントロールの面でも問題になっていたようです。
その後、担当外作品でも兼業が原則禁止されました(現在の規則については、よくわかりません)。認められる場合も原稿料は払われないことになっていました。

セブルスキー氏は、他社の作品でライター業を始めました。これも禁止されていたようです。
そして、作品を見た勤め先のマーベル社が、自社の社員だと気付かずに、ヨシダアキラ(セブルスキー氏)にライターの仕事を依頼し、セブルスキー氏は正体を明かさずにこれを受けてしまったのだそうです。
なお、セブルスキー氏は、一旦マーベル社を辞めたあと兼業できる別の契約で復帰したため、ヨシダアキラは消えることになったようです。

セブルスキー氏の場合、他社でしていた仕事を見てマーベル社から以来が来たということなので、発注した編集者がヨシダアキラの正体に気付いていなかったというのが事実なら、兼業禁止が本来目的としていた編集者同士の仕事の回しあいとは違います。
しかし、本来貰えないはずの原稿料を別人を装って受け取ってしまったということになるので、形の上では明らかに規則に反しています。
もっとも、規則に反しているといっても社内規則なので、マーベル社が許せばそれで終わりではあります。

ドラマ『悦ちゃん』と原作改変


ドラマ『悦ちゃん』第6回「変えられた歌詞」は、碌さんが作詞したパパママソングが原型を留めないほど改変され、碌さんと悦ちゃんが怒るという話でした。
セリフを紹介すると、次のような感じです。

碌さん「でも、それじゃ原型が」
城島「原型がどうかなんて聞き手には関係のないことです。それより今は、より伝わりやすく、より共感を得る歌詞に仕上げることが優先でしょ」
碌さん「ただ、あんまり気持ちのいいもんでは…」

悦ちゃん「ひと文字でも変えたら、そんなのパパママソングじゃないや!」


ドラマ『悦ちゃん』は、原作の原型をあまり留めないほど改変されているんですが、そのドラマの中で改変を否定するような展開になっているのには驚きました。

わたしは原作の『悦ちゃん』が大好きなので、できれば原作に近い形でドラマ化して欲しかったんですが、「原作がどうかなんて視聴者には関係のないこと」だし、原作の碌さんはかなりのボンクラで、ほぼ別人といえるほどに改変されたドラマ版の碌さんの方が「より共感を得る」のかもしれないからしかたないと思ってるんですけどね。

ところで、原作者の獅子文六は、原作改変に関してどのような考えを持っていたのか?
牧村健一郎『獅子文六の二つの昭和』では、飯沢匡対談集『遠近問答』を引用して、原作改変という「NHKの暴挙」を昭和天皇に「直訴」したというエピソードが紹介されています。文六先生にとって原作の大幅な改変は、「あんまり気持ちのいいもんでは」なかったようです

(獅子) そうしたら宮内庁長官の宇佐美さんがね、陛下は『信子とおばあちゃん』を見ていらっしゃいますよって。それならそういう話のほうがよかろうと思ってね、急にプランを変えて、そんな話をしたもんだから、つい、NHKの暴挙を直訴におよぶようなことになりましてね。
飯沢 原作無視のことですね
獅子 原作とちがうのかい、とおっしゃったので、なにもかもちがうんでございます、とお答えした。

 

悦ちゃん (ちくま文庫)

悦ちゃん (ちくま文庫)

 
獅子文六の二つの昭和 (朝日選書)

獅子文六の二つの昭和 (朝日選書)


 

 

 

『あさイチ』のウナギ特集は、かなり頑張っていたような気がします


先週の8月21日月曜日、NHK『あさイチ』で、ウナギ特集が組まれました。
特集の内容が気になって予約録画しておいたので、紹介してみたいと思います。

www1.nhk.or.jp


イノッチ「さあまずは、なぜか、今!、この特集です!」という言葉で特集がスタート。
有働さんは苦笑い的な笑顔で、「確かに」と合いの手を入れます。

「夏こそ食べたい!うなぎ」ということで、次のような内容が30分ほど続きます。

土用の丑の日を過ぎると値下げでお買い得だから食えー
スーパーのうなぎにひと工夫するとうまいから食えー
外国産うなぎでも大丈夫だから食えー
ビタミンB1が豊富だから食えー
意外と低カロリーだから食えー
うな丼に飽きても新レピシ紹介するから食えー

次に、「ここまで来た!養殖うなぎ」が5分ほど。
「ここまで来た!」といっても、完全養殖の話ではなく、養殖うなぎがおいしくなったという話です。

そして、やっと次のコーナーに移ります。
佐藤俊吉アナ「さあでは続いてガラッと雰囲気を変えますけれども」。
「これだけね食べてる日本人だからこそ知っておくべきということで」、ニホンウナギのう~ちゃん(声:野沢雅子さん)が、絶滅の危機を訴えます

9時からニュースで5分間中断する前に、有働さんが視聴者からのファックスを紹介します。
「ファックスでも「絶滅危惧種なのにこんなにテレビでやっていいんですか」とか、それから「スーパーでも安売りしてるしテレビでもやってるけどほんとに食べていなくなっちゃわないんでしょうか」っていう質問も来てるんですけど」。
うなづくさかなクンさんと、言われてはじめて気がついたという感じで、「あ!」と声を漏らす北斗晶さん。北斗さん不勉強だけどいい人っぽいな。
ところで、「さかなクンさん」って、ネット特有の呼び方だとばかり思ってたんですが、NHKでもさん付けするんですね。

ニュースをはさんで特集再開。
東京大学助教の黒木真理さんがう~ちゃんの質問に答えます。
「(うなぎが減った)一番の原因は、わたしたち人間が食べるためにうなぎをとりすぎてしまったことです。(中略)うなぎを増やす取り組みをしたり、あとは、漁業規制を強化していく必要があると思います。」
「う~ちゃん」という名前は、黒木さんとすがいひでかずさんの絵本『うなぎのうーちゃん だいぼうけん』から来ているのかもしれません。

うなぎのうーちゃん だいぼうけん (福音館の科学シリーズ)

うなぎのうーちゃん だいぼうけん (福音館の科学シリーズ)

 



絶滅危機の話と完全養殖の紹介などが20分ほどで、今回のウナギ特集は終了します。
ちなみに、さかなクンさんの発言「ハレの日とか特別な日に、いただきたいでギョざいますねえ」というのは、「日常的に食ってんじゃねーよボケ」にオブラートをかけまくった表現だと思われます。今回、ウナギ関係の本などを色々調べたのですが、「ウナギはハレの日に」というのは、ウナギ保護関連でよく使われる表現のようなのです。さかなクンさんは、当然そのことは知っているでしょう。

今回のウナギ特集は、前半がひどかったため、ツイッターでは悪評が目立ちましたが、細かく見ていくと、かなり頑張っていたような気がします。
なぜこのような構成になったのかはわかりませんが、上からの指示もしくは現場での意見対立がある中、ウナギの絶滅危機について真剣に考えているスタッフ・出演者が、出来る範囲内でなんとか情報をすべりこませたという感じでしょうか。

【追記】
9月3日にTBS系(製作はSBS(静岡放送))で、『なるほど!今うなぎが食べたくなるテレビ』が放送されたので、関連ページへリンクしておきます。

明日は午後4時からは、「なるほど!今うなぎが食べたくなるテレビ」放送です!!(・∀・)♥♥ | うっちーのとんじゃかないや

視聴室:なるほど!今うなぎが食べたくなるテレビ - 毎日新聞

テンプルちゃんの黒歴史「Baby Burlesks」


ドラマ『悦ちゃん』の第5話にテンプルちゃんの映像が出てきました。『Kid in Hollywood』という映画で「We Just Couldn't Say Goodbye」という曲を歌っているシーンのようです。

『Kid in Hollywood』は、「Baby Burlesks」という短編シリーズのひとつです。
シャーリー・テンプル - Wikipedia
Baby Burlesks - Wikipedia
Kid in Hollywood (1933) - IMDb

では、「Baby Burlesks」とはどのような作品なのか?
このシリーズの登場人物は、兵隊など大人の設定(とはいうものの酒場っぽい店で酒ではなくミルクを飲んだりしています)ですが、出演者は幼児たちです。男の子は半裸のオムツ姿、女の子も場合によってはトップレスになっています。
『War Babies』では、テンプルちゃんは肌もあらわな娼婦役で、ひとりの男の子とハグしながら、その肩越しにほかの男の子とキスするシーンがあります。
そんな作品なので、YouTubeのコメント欄では多くの人がpedophiliaと指摘しているようですが、削除はされていないので、YouTube側の判断としてはセーフということのようです
また、テンプルさんの自伝によると、作品内容以外にも問題があり、出演者が脅されて管理されているような状態だったとのこと(手元に本がないので記憶で書いてます)。

『悦ちゃん』の時代には、テンプルちゃんはもっとまともな作品に出演してブレイクしているので、なぜ『Kid in Hollywood』のシーンが映像として選ばれたのか不思議です。

あと、ウィキペディアに「児童ポルノ反対運動により、『労働基準法』への「シャーリー・テンプル修正条項」("Shirley Temple amendment" to the Wages and Hours Law)がアメリカ議会で成立した。」とあったので、詳しいことが知りたくて調べてみたのですが、わたしの英語力では調べがつきませんでした。どなたかが調べていただければありがたいです。

キャンディ・キャンディ事件とマンガ原作者の権利

2004年 4月13日
更新 2017年 2月10日

この記事は、2004年に別サイトで書いた記事に加筆修正したものです。
関連記事:キャンディ・キャンディ事件をふりかえる



※水木氏側の論旨に異論や疑問点はあるものの、この事件に関しては、当然ながら水木氏側を支持する事を念のために書いておきます。

 キャンディ・キャンディ事件というものがある。マンガ『キャンディ・キャンディ』の絵の部分のみを使用する場合の著作権について、原作者の水木杏子(名木田恵子)氏とマンガ家のいがらしゆみこ(五十嵐優美子)氏が裁判で争い、水木氏が勝訴した事件である。
 「マンガ原作」とは世間一般でいう「原作」ではなく、映画における脚本に近いものである。ただし、脚本形式で書かれるとは限らず、『キャンディ・キャンディ』の原作の場合は小説形式だったそうである。

 三つの解釈
 共同で作った著作物に、「共同著作物」と「結合著作物」がある。分割して利用できないものが「共同著作物」で、分割して利用できるものが「結合著作物」である。たとえば、歌は、歌詞とメロディーに分割できる結合著作物である。
 マンガが「共同著作物」であれば、絵の部分の利用にも原作者の許可が必要であり、「結合著作物」であれば、絵の部分だけの利用は、マンガ家だけの許可で利用できる。メロディーだけの利用に作詞者の許可が要らないのと同じである。
 裁判所の判断はどちらでもなく、「二次的著作物」というものであった。
 小説がマンガ化された場合、マンガに対してマンガ家が権利を持つとともに、原作者も原著作者として権利を持つ。「マンガ原作」は一般的な意味の「原作」とは違い独立して公開される作品ではないが、小説のマンガ化の場合と同じく、水木氏は原著作者として権利を持つという判断になった。
 この判断に対し、マンガ原作が、一般的な意味での「原作」と同じ原著作物として扱われるのは違和感があるという意見がある。また、原著作者の権利はマンガ家の権利よりずっと強く、バランスが悪いのではないかという意見もある。

 水木氏側は当初、共同著作物または二次的著作物と主張していた。どちらが認められても水木氏側の勝訴となる。
 それに対し、いがらし氏側は、結合著作物という主張ではなく、原作は存在しない、単なる参考資料との強気の主張をしていた。
 初期の主張を見る限りは、共同著作物を主張していたのは水木氏の側だが、その後、
「いがらしサイドがなにより望んでいるのが<共同著作物>という判断なのです。」(「この事件に群がる学者たち」)
という主張に変わっている。

 参照される判例
 いがらし氏の弁護士が作成したという報告書が、水木氏のサイトの「<黒い>報告書について」で紹介されている。その中に次のような部分がある。
「近時の判例(東京地裁平成9年3月31日、判例時報1606号、118頁参照)によれば、漫画がそれを描いた者と原作者の共同著作物といえるためには、原作者が基本的構成や吹き出し部分の台詞について具体的指示を与えて、漫画家がその指示通りに漫画を描き、原作者が最終的なチェックをしたいう事実が必用だとされています。」
 ここで挙げられている判例は、書籍の中に含まれる、イラスト・マンガの部分の著作権に関するもので、次のページに判決全文がある。イラストと説明文の関係は結合著作物、四コママンガは共同著作物と判断されている。
日本ユニ著作権センター/判例全文・1997/03/31
 四コママンガの制作過程については、報告書の判例紹介に問題はない。
 しかし、「必用だとされています」というように必要条件と見るのには疑問がある。素直に判決文を読むと、必要条件というより、十分条件のように思えるのである。
 この判例は、牛木理一氏の「漫画キャラクターの著作権保護」でも、
「東京地平9年3月31日判(判時1606号118頁)の「在宅介護アドバイス」事件では、イラストと説明文との関係を結合著作物と認定した。斉藤前掲104頁。「キャンディ・キャンディ」事件では、東京高裁はストーリー原作と漫画展開との関係を共同著作物と認定したが、疑問である。むしろ、結合著作物と解した方が妥当である。」
と、取り上げられているが、マンガと比較するには不適当なイラストの件のみで、四コママンガが共同著作物と判断された件には触れていない。

 マンガ原作と映画の脚本
 マンガにおけるマンガ原作に近いものに、映画における脚本がある。映画の脚本も、著作権法上、映画の著作物の原著作物として扱われている。マンガ原作がマンガの原著作物と言う判断には違和感があるのだが、映画の脚本との関係でいえば、一貫性はあるといえる。
 映画業界においても、脚本を原著作物とする判断への違和感はあるようである。「映画振興に関する懇談会(第12回)議事要旨|文化庁」では、
「映画は著作権法の中で文芸の著作物を映像翻案化した二次的著作物という扱いになっている。映画は文芸とは大きく異なり,製作スタッフ,監督,シナリオ作家などの人々が全力で映画製作に取り組むものであり,文芸の著作物を映像翻案化した著作物と言われてはたまらない。」
との意見が述べられている。


リンク

名木田恵子(水木杏子)
キャンディキャンディ事件HP

牛木理一
連載漫画の原作とキャラクターの絵との関係
漫画キャラクターの著作権保護  -キャラクター権の確立への模索-

水谷直樹
漫画が原作品の二次的著作物であることを認め, 原作品の著作者の権利行使を認めた事例

松村信夫
「二次的著作物の利用と原著作物の著作者の権利(キャンディ・キャンディ事件)」
http://homepage3.nifty.com/matsumura-lo/oboe/ronbun/200208_chizaikanri617_kyandhi.htm(リンク切れ)

荒竹純一
「キャンディ・キャンディ事件(漫画の原作者の権利)」
http://www.netlaw.co.jp/topics/20020403-can.html(リンク切れ)

豊田きいち
「キャンディ・キャンディ事件の不明なところ」
 「著作権ジャーナル」 (会員制) 日本ユニ著作権センター
http://plaza4.mbn.or.jp/~jucccopyright/member-jourlist.html(リンク切れ)

渡邉文雄
長編連載漫画における原作者の権利範囲と著作権法28条


雑誌・書籍

三村量一
「漫画の著作物の複製件・翻案権の侵害」
 『現代裁判法大系 26 知的財産権』 1999年 新日本法規出版
タイトル不明
 『法曹時報』 法曹會/大学図書 2000年

豊田きいち
「キャンディキャンディ」(出版・著作権MEMO No.124)
 『出版ニュース』 1999年4月上旬号 出版ニュース社
「キャンディ・キャンディ再論」(出版・著作権MEMO No.126)
 『出版ニュース』 1999年6月上旬号 出版ニュース社

作花文雄
「Q&A/キャラクターの保護と著作権制度」
 『月刊コピライト』 1999年5月号 著作権情報センター

牛木理一
連載漫画の原作とキャラクターの絵との関係
 『パテント』 1999年7月号 日本弁理士会
漫画キャラクターの著作権保護  -キャラクター権の確立への模索-
 『パテント』 2001年12月号-2002年2月号
「「キャンディ・キャンディ」著作権侵害事件」
 『 ニューズレター』 vol.1-vol.3 日本マンガ学会 2002年

著者不明
「連載漫画の原作原稿と漫画への翻案について - 「キャンディ・キャンディ事件」」
 『発明ライフ』1999年11月号発明学会

長塚真琴
「漫画の登場人物と原作者の著作権―キャンディ・キャンディ事件」
 『北大法学論集』 50巻5号 北海道大学法学部 2000年
「キャンディ・キャンディ第一事件高裁判決およびフジサンケイアドワーク事件地裁判決」
 『特許研究』31号 特許庁 2001年

清水幸雄
「二次的著作物に及ぶ原権利者の範囲」
 『月刊コピライト』 2000年6月号 著作権情報センター

中島徹
「連載漫画の原作者と作画家との権利関係」
 『判例評論』 496号 (『判例時報』1706号) 判例時報社 2000年

日向史
「漫画の作画部分のみの利用にストーリー原作者の権利が及ぶか」
 『著作権研究』 26巻 著作権法学会 2000年

堀口亜以子
「漫画と原作―キャンディキャンディ事件」
 『著作権判例百選〔第三版〕』 (ジュリスト別冊No.157) 有斐閣 2001年

滝井朋子
「長編連載漫画の主人公の絵に物語原(著)作者の二次的著作権が及ぶとされた例」
 『判例著作権法』 東京布井出版 2001年

水谷直樹
漫画が原作品の二次的著作物であることを認め, 原作品の著作者の権利行使を認めた事例
 『発明』 Vol.99 2002年

松村信夫
「二次的著作物の利用と原著作物の著作者の権利(キャンディ・キャンディ事件)」
 『知財管理』 2002年8月号 日本知的財産協会

三浦正広
タイトル不明
 『岡山商大論叢』 38巻1号 岡山商科大学 2002年

酒井雅男/メディアトゥデイ研究会
「キャンディ・キャンディ事件 ~漫画原作者の権利~」
 『デジタル時代の著作権最新Q&A』 183-185p ユーリード出版 2003年

安藤健二
「引き裂かれたリボンーキャンディキャンディ」
 『封印作品の謎2』 太田出版 2006年
 『封印作品の闇』 だいわ文庫 大和書房 2007年

封印作品の謎 2

封印作品の謎 2